阿含経を旅して

阿含の教えに学ぶ

先祖供養はなぜ必要か?

 ブッダの直説の経典、阿含経を紐解いてみますと、ブッダは先祖供養の大切さ、お墓の大切さを説いていたことは確かなことです。また、霊的なさまざまな障りがあることもお経のなかにはいくらでも出てまいります。また釈尊の弟子や信者たちは、その教えを素直に守っているようにみえます。

 しかし、当然のことながら、現代人は先祖供養や、霊障などにまつわる霊的世界の決まり事や、出来事などには多くの疑問点をもちます。

 阿含宗開祖、桐山靖雄大僧正猊下も、阿含経に説かれる成仏法を自ら修行し、釈尊のような霊視能力(仏教では天眼通)を持つにしたがい、釈尊の教えがもっともであることを悟られましたが、どうやって現代人にそれを説くかは大きな課題でした。

 開祖は深層心理学を深く学ぶうちに、リポット・ソンディという著名な心理学者の学説に行き当たります。

 開祖は「守護霊が持てる冥徳供養」のなかで、このように述べられています。

 それまでの深層心理学は、おおづかみに分けて、フロイトの「個人的無意識」、ユングの「集合的無意識」(群衆心理学)の二つの層が対象とされていた。
 ところが、ソンディの運命分析心理学は、この二つの層の中間にある「家族的無意識」という無意識の第三番目の領域をきりひらいたのである。
つまり、「個人」と「群衆」の間に、「家族」を発見したわけだ。これはじつにユニークな、そして妥当な発見であった。
 結論として、ソンディは、つぎのようにいうのである。

 

個人の無意識層の中に抑圧されている特殊な祖先の欲求が、子孫の恋愛・(結婚)・友情・職業・疾病・および死亡の形式、における無意識的選択行動となって、その運命を決定する。


 先きに、私は、無意識層にひそむ祖先の記憶がわれわれを動かす、といった。ソンディは、祖先の欲求という表現をしている。結局おなじことをいっているわけだが、心理学者としてのソンディの立場からすれば、この表現のほうが、妥当であろう。
 だが、なんと! このソンディの理論によると、中途挫折の因縁どころか、職業、友人、恋人や結婚相手の選択、病気、死にかた! まで決定されてしまうのである。だれに? 特殊な祖先に、である。
 これだけのものを、特殊な祖先に決定されてしまったのでは、自分の意志など、まるっきり無いも同然ではないか。

 

 フロイトは人間の無意識のなかの強制力を運命神経症反復強迫、自己破壊の傾向を持つ精神形態と呼びました。その学説に深く興味を覚え、研究を始めたのがソンディです。彼は、いわば運命の反復的な強制力を「特殊な先祖の欲求」によるものと考え、家族的無意識という新たな心理学を創始しました。彼は言います。「恋愛・友情・職業・疾病および死における選択の分析にもとづいて、選択の根源は無意識である」 

 ソンディは祖先の運命を強制的に反復する事例として、自分自身の体験や、ドストエフスキーバルザックという著名な文豪の事例などを詳細に分析して、私たちの選択行動は、つまるところ祖先の抑圧意識が強制させる無意識に由来することを突き止めました。

 ではこの祖先の特殊な欲求は何によって伝わるのか?ソンディは遺伝によってそれを説明しようとしました。しかし、たとえば異性に対する好みから、その運命上の結末に至るまで、祖先の遺伝情報によって強制的に反復させることができると考えるのは遺伝学上あり得ないのではなでしょうか。

 この問題には遺伝学も明確に答えられないのであります。開祖は、ブッダの成仏法を修行してえた霊視能力をもとに、大勢の人の霊視を行い、やはりそれは、霊的に伝わる祖先の特殊な欲求によると考えました。

 しかし祖先の特殊な欲求が、悪いものばかりではなく、世のため人のためにたつ欲求であったりもします。このような徳のある先祖の影響を受けることもあるわけです。

 そうであれば、当然のことながら、無数にある先祖のなかで、どうして特定の先祖が個人に影響を与えることができるのか。また、影響されるのであれば、徳の高い、素晴らしいご先祖の影響だけをうけることができないか、という疑問もわいてまいります。

 このあたりは誤解を避けるためぜひ、本書を一読していただきたいと思います。

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